
![]()
「ボーイスカウトは知っていても、ガールスカウトは知らない。」と聞く事があります。
だからぜひ知ってほしい。ガールスカウトのはじまり。
![]()
イギリスのロバートベーデン-ポウエルによって1908年にボーイスカウト運動がはじまりました。
あるとき、ボーイスカウトの大きな集まりの中に女の子たちが来ていました。少女たちは「私たちはガールスカウトです」と胸をはって参加していました。
それを見たロバート ベーデン-ポウエルは、男の子と女の子にはそれぞれに合った活動のしかたがあって、女の子のための活動が必要と考え、
妹のアグネスに頼んで、1910年ガールスカウト運動を始めたのです。
その後、B-Pと結婚した妻・オレブ ベーデン -ポウエルが引き継いで、ともにスカウト運動に生涯をささげました。
こうして、ボーイスカウトとガールスカウトは、活動について同じ考え方を持っているけれど、団体としては別々に活動していくことになったのです。
(創始者であるロバートベーデン - ポウエルのことを 略して B-P とよびます。)
「やくそくとおきて」のもとに、肌の色や言葉や国籍や宗教が違っても、どの少女も『健康』で『幸せ』で『人に役立つ』大人になれるように、
世界のいろいろな国でそれぞれの活動を続けています。
ガールスカウト運動は、少女と若い女性のための世界最大の社会教育団体で、現在世界144ヶ国約1,000万人の会員が活動しています。
5月22日は『ガールスカウトの日』
1947年のこの日、第2次世界大戦で中断されていた日本のガールスカウトを再興するために準備委員会が発足しました。
ガールスカウト日本連盟が結成されたのはその2年後のことです。
日本でのガールスカウト運動は1920年に東京で結成された「日本女子補導団」がはじまりとされています。
横浜・山下公園の『握手をするスカウトの像』を知っていますか?
日米友好のしるしとして、アメリカガールスカウト50周年とガールスカウト日本連盟の世界連盟正加入を記念して
1962年3月18日に建てられました。台座には「やくそく」が彫られています。ぜひ、探してみてくださいね。
群馬県支部独自のプロジェクト『小さな力運動』にご協力を!
1985年6月、シスター海野(うんの)のお話をスカウトたち(中学生・高校生の少女たち)が聞いたところから始まりました。
今から100年くらい前、フィリピンのバキオにたくさんの日本人男性が行き〔ケノン道路〕を作りました。その後、日本人男性たちはフィリピン女性と結婚し、子供も出来、幸せに暮らしていました。ところが、日本とフィリピンとの間で戦争が起きてしまい、フィリピンの人々は日本人とその家族を恨みました。そのため日本人とその家族は山奥に隠れ、貧しい暮らしを送っていました。そして戦争が終わったことを知らずに山奥での生活が続いていました。シスター海野は山奥に隠れている家族を探し「子供たちを学校に行かせたい」という家族の願いをかなえるためのお手伝いをしているという話をしてくださいました。
フィリピンの日系人の子供たちのための奨学金制度のスポンサーを探していることを知ったスカウト(中学生・高校生の少女達)が“一人の小さな力もみんなで合わせれば世界の平和のためにきっと何かができる”という思いから小さな力運動と名づけ、この活動が始まりました。17年の支援で、フィリピンの少年少女67人が学校に通っています。
13年目にはシスター黒田から、ブルキナファソにある栄養失調センターのお話をしてくださいました。スカウトたちは何か手伝えることがないかと何度かお手紙を出しました。はじめは[何度かで終わってしまう支援はいらない]と断られていました。そんなある日「みなさんのあたたかい心が通じました」というお返事をいただくことができ、今ではフィリピンへの支援とともに、ブルキナファソへも少しながらの支援をさせていただいています。最近では学校に通い始めた子供たちもいるそうです。
*シスター黒田さんは、ブルキナファソで看護師と助産婦、衛生&栄養面でも指導されているそうです。
いつもスカウトたち自身が考え、みんなで話合っています。これからもご協力、よろしくお願いします!!
![]()
もっともっとも〜っとガールスカウトのことを詳しく知りたい方は
(社)ガールスカウト日本連盟のホームページをご覧ください。
![]()